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東京高等裁判所 昭和34年(行ナ)38号 判決

一 特許庁における本件審査および抗告審判手続の経緯、本願発明の特許請求の範囲の項の記載、本願発明の要旨、本件審決の理由の要旨についての請求原因一ないし三の項の事実は、すべて当事者間に争いがない。

右争いのない事実ならびに成立に争いのない甲第一号証の一および同乙第一、第二号証によれば、つぎの事実が認められる。すなわち、

(一) 本願発明の要旨は、不等辺四角形の細長い二個のニツテイングカム(9)、(9´)をカムプレートの下面に八字状に配置し、この両カムの上部の最も近接している部分の上に揺動自在のトツプカム(ホールダーカム)(4)を取りつけ、また、二個のニツテイングカム(9)、(9´)の中間に出没自在の三角形のライジングカム(8)を取りつけた編物機における誘導カムの構造にあることが明らかであるところ、このカムの構造により、通常の編成を行なう場合には、ライジングカム(8)とニツテイングカム(9)、(9´)の腹部とによつて、編針を上下させて、編成をなし、模様編み等を行なう場合には、ライジングカムを没入して不作動の位置に保持し、選択的に突き上げられた編針を一方のニツテイングカムの背部より他方のニツテイングカムの腹部にトツプカムを介して誘導させるようにし、簡単な機構によりジヤカード装置を用いることなく、所望の模様編み等を編成しうるという作用効果を奏するものであること、

(二) 第一引用例である昭和七年一一月三〇日出願公告にかかる昭和七年実用新案出願公告第一七一五一号公報には、横式メリヤス編成機のカムプレートに関する考案が記載されており、摺動板(カムプレート)(1)に不等辺四角形の細長い二個の度山(3´)、(3´)を八字状に配置し、その中間の上部の両者が最も近接した部分に二分蝶羽根のように運動する天山(6´)、(6´´)を設け、度山(3´)、(3´)の背部によつて押し上げられた編針を、その反対側の度山(3´)、(3´)の腹部に、天山(6´)、(6´´)を介して誘導するようにし、また、度山(3´)、(3´)の中間に、中山(7)、蝶山(8)、(8)を配置し、必要に応じて蝶山(8)、(8)を作動しまたは不作動とすることができるようにしたカム装置を有する横式メリヤス編成機であつて、通常のメリヤス編みを行なう場合には、摺動板(1)の往復摺動によつて、編針は、中山(7)、蝶山(8)、(8)の組合せによつて押し上げられ、天山(6´)、(6´´)を介して、反対側の度山(3´)、(3´)の腹部によつて押し下げられて、編目を編成するが、模様編みを行なう場合には、蝶山(8)、(8)を不作動位置まで没入させて保持し、所要の編針だけをあらかじめ選択的に突き上げておき、この突き上げた編針だけを、一方の度山(3´)、(3´)の背部によつて誘導し、天山(6´)、(6´´)を介して、他方の度山(3´)、(3´)の腹部へ誘導して押し下げ、編成しうるようになつていること、

(三) 第二引用例である大正四年八月一〇日登録にかかる特許第二八一七五号明細書には、メリヤス編成機のカムプレートに関する発明が記載されており、盤板(カムプレート)(1)に、八字状に、摩擦滑行面(8)、(8)をもつた二個のカムを取りつけ、これらのカムの中間の上部に、体機の左右回動に従い相進行さすべく補佐する補佐片(6)を揺動自在に軸着し、別紙第三の図に矢印にて示すとおり、編針を左から右へ、また、右から左へと誘導するようにしたものが示されていること。

二 本願発明と第一引用例および第二引用例に示された右公知事項とを対比し、本願発明は右両引用例から当業者の容易に想到しうるものであり発明を構成しないとした本件審決に、これを取り消すべき事由があるかどうかについて考察する。

第一引用例のものにおける八字状に配置された度山(3´)、(3´)、天山(6´)、(6´´)および中山(7)、蝶山(8)、(8)を組み合わせたものは、それらの作用および効果の点からみて、それぞれ、本願発明における二個のニツテイングカム(9)、(9´)、トツプカム(ホールダーカム)(4)およびライジングカム(8)に相当するものと認められる。ただ、本願発明のものにおいては、一個のライジングカムによつて編針を上昇させているのに対し、第一引用例のものにおいては、中山(7)と蝶山(8)、(8)とを組み合わせたものによつて、これを行なつている点で、両者は、構造上一応差異があるが、前者は、後者のものが三個の部分で構成されているのを単に一体にし一個にしたまでのものであり、両者とも、その目的とする作用効果、すなわち、カムによつて編針を上昇させて編成を行ない、かつ、必要に応じそのカムを編針に対し作動しまたは不作動の位置におきうるようにしている点において同一であるから、右のような差異があるからといつて、本願発明を第一引用例のものに比し、特段の発明力を要するほどのものとみることはできない。また、第一引用例の天山(6´)、(6´´)と本願発明のトツプカム(4)とは、その構造において幾分の差異があるため、第一引用例のものの方が本願発明に比し、より多くの編針誘導作用を有することを肯認しうるが(別紙第二の第七図参照)、両者は、ニツテイングカム(度山)、トツプカム(天山)、ライジングカム(中山、蝶山)の三者構成をとり、本願発明の収めようとする作用効果は、第一引用例のものの収める作用効果にすべて含まれて存すること前説示のとおりである以上、この差異もまた前認定を左右するに足りない。

また、第二引用例のものにおける八字状に設けられた摩擦滑行面(8)、(8)を有する二個のカムとその中間上部に設けられた揺動自在の補佐片(6)とは、それらの作用および効果の点からみて、それぞれ、本願発明における八字状に配置された二個のニツテイングカム(9)、(9´)とその中間上部に揺動自在に設けたトツプカム(ホールダーカム)(4)とに相当するものと認めることができる。

したがつて、本願発明の要旨の前半、すなわち、不等辺四角形の細長い二個のニツテイングカム(9)、(9´)をカムプレートの下面に八字状に配置し、この両カムの上部の最も近接している部分の上に揺動自在のトツプカム(ホールダーカム)(4)を取りつけた点は、第二引用例のものと一致し、また、本願発明の要旨の後半、すなわち、二個のニツテイングカム(9)、(9´)の中間に出没自在の三角形のライジングカム(8)を取りつけた点は、第一引用例のものと一致するものということができ、本願発明が要旨とする構成により収める作用効果、すなわち、通常の編成を行なう場合には、ライジングカム(8)とニツテイングカム(9)、(9´)の腹部とにより編針を上下させて編成をし、模様編み等を行なう場合には、ライジングカム(8)を没入して不作動の位置に保持し、選択的に突き上げられた編針を一方のニツテイングカムの背部より他方のニツテイングカムの腹部にトツプカム(4)を介して誘導させるようにし編成をするという作用効果は、第一引用例および第二引用例における前示本願発明に対応する構成が奏する作用効果と差異がないものと認められる。もつとも、工業用編成機にかかる引用例のものにおいては、所望の編針を選択的に突き上げるためにジヤカード装置等を用いるに対し、家庭用編機にかかる本願発明のものにおいては、これを手または定規のごときものによつて行なうという差異があるが、本願発明のように手または定規のような補助具によつて所望の編針を選択的に突き上げて模様編み等を編成することは、ジヤカード装置等を用いて模様編みを編成する公知技術に比し、技術的発想において、より元始的であり、したがつて、当然これに先行した技術であると認めるを相当とすることは、この種編成機械における技術の進歩発達の過程に徴し、きわめて明らかなところであるから、本願発明における右差異をもつて、特段の技術的意義を有するものとすることはできない。

本願発明のニツテイングカムとトツプカム(ホールダーカム)、ニツテイングカムとライジングカムの構造は、右のとおり、第一引用例および第二引用例に示された前示カムの構造と一致しており、この両引用例のものは、それぞれ本願発明におけると同一の作用効果を奏すること前認定に徴し明らかであるから、本願発明は、第一引用例および第二引用例に示された前示公知技術にもとづいて、当業者の必要に応じ容易に推考しうる程度のものと認めるのが相当である。

原告は、第一引用例に記載されたものは、実施不可能なものであり、技術をあらわしたものとはいえず、このようなものを引用し、本願発明を特許すべきでないとすることは、その理由を示したことにならない、ことに、第一引用例のものは、工業用横式編成機であるから、ゴム編み、袋編み、片畔編み、両畔編みの編成ができなければ、工業的価値がなく、実用とならないものであり、また、ニツテイングカムの一方は他の一方に対し、大はばの進退運動が要求されているものであるところ、第一引用例の構造では、トツプカム(6´)、(6´´)を蝶番でカムプレート(1)に固着しているので、ニツテイングカムは、双方とも、その調節、進退運動が不可能であり、度目の調整はもとより、右諸組織の編成ができず、また、ジヤカード装置を必要とする以上、ジヤツクカムおよびジヤツクの装備を欠いては、実施しえない旨主張する。しかしながら、第一引用例記載の図面は、もとより設計図ではなく、考案の内容についての説明図にすぎないことはその記載自体に徴し明らかなところであるから、その部分の寸法や角度も、右図面のとおり特定されるものではなく、そこに当該メリヤス編成機のカム構造についての特許請求の範囲の記載事項が明らかにされている以上、これを引用するにいささかの妨げもなく、また、そこに示されたカムの構造をメリヤス編成機に適用する場合、どのように設計しても、原告主張のように、その実施が不可能であるものとは断定しえない。また、第一引用例には、横式メリヤス編成機におけるカムの構造自体についての技術内容が当業者に理解できる程度に記載されていること前記のとおりである以上、その考案事項と直接関係のない付随的事項は、簡略に記載しあるいは省略しても、少しもさしつかえないことはいうまでもないところであるから、第一引用例の公報に、原告主張のような編物の編成ができるために必要なすべての構成にわたり、メリヤス編成機の全体が記載されていないとしても、もとより異とするに足らず、右考案事項を先行技術として引用することは(その引用部分自体の作用効果が本願発明のカム構造のそれと差異がないことは、前認定のとおりである。)、何ら妨げのないところである。

原告は、第二引用例に記載されたものについても、その山道は、左右両方向に回転する工業用円型メリヤス編成機およびキヤリツジが左右に摺動する工業用横式編機に利用することを目的とするものであるが、この構造では、八字状のカムが支軸(11)を中心として円筒状となつている針床の表面を回動しえず、また、スプリング一本で度目の調整を行なわせると同時に、編針の誘導転換をさせるようになつているが、単に一本のスプリングだけで、その目的を達成することは、技術上不可能であるから、実施不能であり、ジヤツクカム、ライジングカムもないので、工業用編機として当然編成しうべき組織の編成ができず、実用性を欠く旨主張する。しかしながら、この主張もまた採用しえないものであることは、第一引用例に関する原告の右主張に関する前説示に徴し明らかである。なお、引用例について、原告主張のようなかしがあると仮定しても、公知の技術として引用する事項が右引用例の記載から当業者の容易に知りうるものである以上(審決引用摘示の技術事項が、本件引用例の公報または明細書から当業者の容易に知りうべきものであることは、前認定のとおりである。)、これを引用して本願を拒絶すべきものとすることは全く妨げのないことである。

また、原告は、本願発明は、ジヤカード装置を用いるものに比し、構造がきわめて簡単であるにもかかわらず、右装置を具えるものと同じ効果を収めうるから、十分発明を構成するものであるのに、審決がこの点に考慮を用いなかつたのは違法である旨主張する。しかしながら、本願発明のものにおいて、ジヤカード装置を用いた場合と同様な編物を編み出すことができるとしても、人の手によつて所要の編針を突き上げて編み出すものと、ジヤカード装置を用いて編成するものとが、すべての点において同一の効果を収めうるものとはいいがたく、そこに、おのずから、家庭用編機と工業用編成機との差があることは当然であり、この差は、メリヤス編成機の技術の進歩発達の過程を示すものに他ならず、したがつてまた、すでにジヤカード装置を用いた工業用編成機の存する以上、ここに、家庭用編機における本願発明のカム構造をもつて、特段の発明力を要するものとすることができないことは、いうまでもない。

原告は、本願発明は原告の昭和二五年特許願第七八四三号特許出願にかかる発明の追加特許出願にかかるものであるから、本願発明の出願日は、右原特許出願の日である昭和二五年六月一五日までさかのぼるべきであるとし、これを前提として本件審決の違法を主張するが、追加特許出願の日を原特許の出願日までさかのぼるべきものとする根拠は存しないから、原告の右主張は、その前提としたところにおいて、すでに理由がないものといわざるをえない。なお、原告は、本願発明と同一内容の後願にかかる発明または実用新案が登録されているから、本願発明は特許されるべきものである旨主張するが、そのような事実があるとしても、そのことから、逆に先願である本願発明の特許性を肯定しうべきものでないことはいうまでもなく、また、新規な発明の存否は一つの発明ないし考案が前例として存するか否かによつて決定されるべきである旨の原告の主張もまた合理性を欠くものであることは、多言を要しないところである。

以上のほか、原告は、前掲請求の原因の項記載のとおり主張するが、いずれもこれを採用しうべくもないことは、叙上の説示に徴し明らかであるから、結局、本願発明をもつて第一引用例および第二引用例から容易に推考しうるものとした本件審決には、原告主張のような違法の点はないものといわざるをえない。

三 以上のとおり、本件審決の取消を求める原告の本訴請求は、理由がないから、これを棄却する。

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